黙想会での講話

私は毎日、聖なるミサの間に、

まさに私がミサを捧げている相手である御父に、

救い主イエスが自分自身を捧げるのに合わせて、

私自身を捧げています。

そこで、

悲しいことが訪れた時いつでも、

その悲しみを受け入れ、

抱き留め、

接吻し、

その悲しみゆえにこそ神に感謝しよう

と努めることができます。

するとそうした悲しみの重みは減り、

私がより多く実りをもたらせるようにと

願えば願うほど、

悲しみもより早く終わりを迎えるのです。

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