黙想会での講話

修道生活の意義は

単に共同生活をすることにあるのでも、

修道服を着ることにあるのでも、

ましてや修道名をいただくことにあるのでもありません。

それは犠牲の伴う奉納物として、

また完徳を目指して、

神に自らをささげているということにあるのです。

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